〜*〜 コナの旅立ち 〜*〜
2016年7月20日
ご報告が遅くなり申し訳ありませんでした。
気持ちの整理がつかず、まだ夢の中にいるようで、何をどのように書いたらいいのかまとまらず。。。
今の自分の気持ちと感情を整理するためにも書かなければと思いこのような形で
ご報告させていただきます。(長文になります)
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11回目のお誕生日(7月25日)を目前に控え
去る7月10日(日)午前7時3分、私の大切な宝物のコナが
10歳11ヶ月で永眠いたしました。
5年間にわたる僧房弁閉鎖不全症との戦いに幕を下ろし、やっと解放され楽になったのです。
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そして、まずはじめに。。。
応援してくださった皆さま
元気玉を送ってくださった皆さま
ご心配いただいた皆さま
本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
そして、Alohadoggieの生徒さんたちには、送迎やら登園制限やらで多大なご迷惑をお掛けしましたことをお詫び申し上げます。
そんな中でも、温かく優しいお言葉をかけていただいたり、お掃除などをお手伝いいただいたりとアロハスピリット溢れる皆様に、コナ、私ともどもどれだけ支えられ助けていただいたことか。
本当に心強かったです。
感謝の気持ちでいっぱいです。
たくさんの方々の温かいお気持ち、しっかりとコナに伝わっていました。
コナ、ものすごく頑張りました。
もう、そんなに頑張らなくていいよ
楽になっていいんだよ
と、何度話かけたことか。。。
「まだ、みんなと一緒にいたい・・・」
そんなコナの想いを尊重することにし、私も全力で看病をしてきたつもりです。
コナの体調の異変に気付いたのが3月14日の早朝のことでした。
呼吸が苦しそうだったので、救急で病院に駆け込みそのまま入院させることに。
元気になって戻ってくるものだと信じて疑わなかった私に、夜遅くにかかってきた病院からの電話は予想外の内容でした。
酸素室内でも呼吸が安定せず咳き込んで血を吐くこともあると。
そして、危ない状態ですと。。。
コナはきっと家に帰りたいに決まってる!
コナの”絶対に家に帰る!”という強い気持ちと
私の”絶対に家に連れて帰る”という強い想いが
奇跡をおこしてくれました。
レンタル酸素室会社はすでに営業終了。。。
夜間救急の病院には断られるも何度も電話し食いさがり、条件付きで借りられることになりました。
あの時諦めていたらコナの命を救うことはできなかったでしょう。
病院にコナを迎えに行き、帰宅するまでの5分弱の長がったこと。。。
あの日のことは鮮明に覚えています。
3月14日からの約1週間は仕事も休ませていただき、つきっきりで看病することができました。
この期間がコナも私も一番辛くて苦しかったんじゃないかな。。。
苦しくて寝ることもできずにハァハァ荒い呼吸を繰り返しどんどん体力を奪われていくコナ
幸いにも毎日往診に来ていただけて点滴と注射で命を繋いでいるような日々。
私はというと、苦しむコナを見ているのがとにかく辛かった
コナを失った今よりも辛い時間だったかもしれません。
代わってあげられたらどんなにいいだろう。
何もしてあげられない自分が情けなくて、悔しくて。。。
いつ呼吸が止まってしまうのかという恐怖と不安の中で、飼い主の責任として頑張って戦っているコナをしっかりと見届けてあげなければという思いで乗り越えてきたようなものです。
そこから約4ヶ月間の酸素室での生活と看病が私とコナの日常となりました。
前日までの生活とは180度変わってしまった生活
コナが不安にならないように、コナが苦しまないように
私はその日からコナの前では絶対に泣かないと決め、いつも笑顔で話しかけるようにしました。
本当はコナのそばで毎日一緒に寝てあげたかった
でも、私がいることで甘えて酸素室から出して!と扉をたたいて興奮させてしまう
だから別々の部屋で寝ることもあったりしてかわいそうな思いもさせてしまいました。
とにかくゆっくりグッスリ寝かせてあげたかったので、
電気を消した暗い部屋でひとりぼっちにさせることの辛さ
そして、病院にも頑張って通いました
最初は週に2~3回だったけど、最後の1ヶ月は一日おきに通院していました。
車で4分という距離はなんでもない時にはあっという間の近距離ですが
あの時の私にはものすごく長く遠く感じられました
移動時は常に携帯酸素持参
何本消費したことか
今年の初めに倒れてから記録し始めた日記は3冊になりました。
未だに7/9、7/10の日記は書けずにいます。
酸素室の生活が始まってから、排泄&給水、食事の記録もつけはじめました。
無意味なこと、余計なことと思われるかもしれませんが
私は必死だったので、どんなことでもなんでもコナのためになることはやっていました。
コナがどのような思いでこの日を選んで旅立っていったのか。
彼女なりに私にとって最良の日に旅立つタイミングを決めていたのでしょうね
この4ヶ月弱の看病の時間は、コナが私に”死”と向き合うための猶予としてくれた時間だったのかもしれません。
私の心の準備ができるまで頑張ってくれてたんだろうな
私がコナを守っているつもりでいたけれど、実はいつのまにか私がコナに守られていた様な気がしてなりません。
後悔しないように、看病させてくれる時間を与えてくれました。
コナの病気についていっぱい勉強もしました。
栄養いっぱいの手作りのごはんも頑張って作りました。
夜寝れない日が続いたり、夜中や早朝に病院に駆け込むこともたびたびあったけど
全然辛くなかったよ。
コナの苦しさに比べたらどうってことない。
今の私にできることを全力でやりました。
コナが苦しまないで済むならどんなこともするつもりでいました。
まだまだお世話できたし、させてほしかったよ。
すごくシアワセな時間を与えてくれてありがとうね。
コナと一緒に成し遂げたというか燃え尽きた感じです。
命の灯が消える2時間前、朝ごはんとお薬を食べてくれました。
私がコナのために作ったごはんを食べてくれたことが嬉しくて。
頑張って作ってきて良かった!!
最期の時は、酸素室に上半身を入れコナを抱いて迎えました。
家族全員が見守る中でした。
心臓疾患の最期にしては穏やかな最期だったと思います。
望んでいたかたちで看取ることができました。
とってもきれいな最期でした。
コナらしいね。。。
本当は命あるうちに連れて行きたかったのですが叶わなかったので、
処置をすませたあと、コナが大好きだった場所へ一緒に行きました。
Alohadoggie
どうやってここまできたのかも覚えていません(怖っ)
aya先生はじめ、k9ゲームのチームALOHAのメンバーなど
たくさんの方たちが続々とコナに会いに来てくださいました
あっという間にお花でいっぱいになりました。
わんこと大好きな人たちとにぎやかに過ごせて楽しかっただろうなぁ
翌朝の旅立ちの時に一緒に立ち会ってくださった皆様
本当にありがとうございました
どんなに心強かったことか
棺の中には、食いしん坊のコナのためにお弁当を作って入れてあげました
aya先生もドカ弁を作ってきてくれました
そして、頑張り屋さんで褒められることが大好きなコナが喜ぶだろうなと
金メダルを作って首にかけてあげました
大好きだった鵠沼海岸の砂も一緒に入れたからね
迷子札には住所と電話番号が書いてあるから迷わずに来るんだよ!
焼き場の係りのオジサマには、立派な筋肉のわんちゃんだったんですね!と
いわれてびっくり
焼き上がりの骨の色などでわかるみたいです
最期まで褒められて満足だよね!コナ!!
海が何より好きだったので、コナの居場所は海のイメージに仕上げてみました。
たくさんのお花をありがとうございました。
すごく悲しくて寂しくて胸が痛くて、未だ泣いている毎日ですが不思議と後悔はありません。
今はただ、コナがもう苦しい思いをしなくていいんだという安堵感でいっぱいです。
とにかく楽にしてあげたかった。
気持ちよさそうにスヤスヤ寝ているときに、
「このまま気持ち良く眠りながら逝ってもいいよ」
と何度声をかけたことか。
私はコナのために
コナは私のために
努力することを惜しまなかった。
私はコナをいっぱい愛し
コナも私をいっぱい愛してくれました
強い絆を確信できたよね!
コナがいたからどんなことも頑張れたし乗り越えられました
苦しい時にはいつも隣にコナがいてくれました
本当に最高のパートナーです
感謝しかありません
またいつか必ず出会えると信じています。
約束したからね!
コナ、本当にありがとう。
いっぱい愛をくれてありがとう
幸せな10年と11ヶ月だったよ。
これからもずっと大好きだよ!
また会おうね! コナちゃん♥
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